だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
「時雨、落ち着きなさい」
「落ち着いてるよ。ともかく理由を教えて」
自分の感情を何とか抑えて出来るだけ静かな声でお父さんに言う。
目線を思い切り外して、私は床ばかりを見ていた。
真っ白な床。
綺麗に磨き上げられたその床は、蛍光灯の光が反射していた。
「とりあえず診察室へ。今は誰も使っていないから」
お父さんにそう言われて、目線を上げることなく足を踏み出す。
少し前を歩くお父さんの白衣のズボンばかりが目に入った。
ナースステーションの看護婦さんが心配そうな声を上げているので、私は申し訳なくなって顔を上げた。
ぎこちなく笑って『お騒がせしてすみません』と小さく会釈した。
収まらない気持ちを何とか隠しているつもりだけれど、上手くはいかなかったみたいだ。
自分でも、どうしてこんなに感情がコントロール出来ないのかわからない。
一歩ずつ近付く診察室は、深刻なことを伝える場所のような気がして嫌いだった。
その場所が特別な場所だ、と。
私は知っていた。
だって、お母さんの時も。
お父さんは其処で泣いた。
惜しげもなく。