だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
そっと顔が離れていく。
見下ろす湊の顔は、笑ってはいなかった。
真っ直ぐ私を見つめる目には私が映っていた。
「弱音を吐く場所は、此処でいい」
久しぶりに聴いた声。
身体の器官をすり抜けて胸まで届くその響き。
低く甘く、響く声。
「時雨の不安を受け止める場所は、此処でいい。遠慮なんてしないで。怖いと想うことも辛いと想うことも、感情のまま言えばいい。それを受け止めるために、俺は此処にいる。時雨を離さずにいるんだから」
湊は私の顔を離そうとはしない。
けれど、縋るわけでもない。
私を見つめて、ただ伝える。
湊が此処にいてくれる理由を。
「あんな風に声を殺して泣かれたら。俺のほうが壊れてしまいそうだ」
やっぱり。
昨日、湊は聴いていたんだ。
私とお父さんが二人でいた、あの診療室の音を。
何も音がしないその部屋の中で、何があったのかを知っていたんだ。
「湊・・・昨日――――」
「あんな大きな声でお父さんに反論すれば、俺の病室だって聞こえるさ」
やっぱり、か。
湊の病室の扉が開いたのは、見間違いではなかった。