だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
「あと、九分」
湊は嬉しそうに私を後ろから抱き締めた。
後ろから抱えられたまま月に照らされた湖を見ていた。
光が煌くその場所は、現実のものではないような感覚がしていた。
静かな部屋の中で響く時報の音が、ここが現実なのだと教えてくれていた。
「今年も時雨といられて、とても幸せだった」
湊が搾り出すように囁いた。
掠れた、切ない声。
初めて逢った時。
とても綺麗な顔をした男の子は、とても大人びた表情をしていた。
『時雨』と名前を呼ばれた瞬間に、その声が頭から離れなくなった。
年齢を重ねるごとに低く響くその声に、どんどん捕らわれていった。
湊の声に、目に。
その腕に、背中に。
湧き上がる気持ちを説明することなど出来なかった。
湊への感情を自覚してから、自分のことを嫌いになるばかり。
嫉妬や不安。
我が儘さや傲慢さ。
それでも、その距離を何とか埋めたくて手を伸ばしてしまった。
初めて感情を爆発させた、あの夏の日。
湊の腕の力強さも。
触れる指の感覚も。
初めて触れた時の体温も。
いとしくて仕方がなかった。