だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版





その時、ビジョンから時報が鳴った。

二〇一一年の始まり。

涙でぼやけたまま、そっと大型ビジョンを見つめる。



左手に持っていたグラスを圭都が窓際に置く。

そのまま私を後ろから抱き締めていた。

見つめる先には、自分の涙で滲んだスクリーンが見えた。




『何があっても、この香りを忘れない』




森川が自信満々だと言ったCMが静かに流れ出した。

森川の説明してくれた声が反芻する。




すれ違う切なさも、一緒に過ごす幸せも。


目の前の人といることで生まれること。

二人でないと、味わえない気持ち。



画面に映る洞爺湖が私の記憶を揺さぶる。

もう今日から『八年前』になってしまった、あの日。



二人で初めて過ごした年明けは、あのオレンジの洞爺湖。

何もかもが特別で、何もかもが初めてで。



一緒にいたかったの。

私も、貴方の隣で永遠に眠ることが出来たら、と。

どんなに歳をとっても。

どれだけの年月を過ごしても。



ずっと一緒にいられると。

そう、想っていたの。




あの八年前の洞爺湖で。

時報が鳴ったその後に、私を抱き締めて湊はそっと囁いた。

これ以上ないほど『いとしい』という想いを込めた掠れた声で。




< 48 / 358 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop