だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
その時、ビジョンから時報が鳴った。
二〇一一年の始まり。
涙でぼやけたまま、そっと大型ビジョンを見つめる。
左手に持っていたグラスを圭都が窓際に置く。
そのまま私を後ろから抱き締めていた。
見つめる先には、自分の涙で滲んだスクリーンが見えた。
『何があっても、この香りを忘れない』
森川が自信満々だと言ったCMが静かに流れ出した。
森川の説明してくれた声が反芻する。
すれ違う切なさも、一緒に過ごす幸せも。
目の前の人といることで生まれること。
二人でないと、味わえない気持ち。
画面に映る洞爺湖が私の記憶を揺さぶる。
もう今日から『八年前』になってしまった、あの日。
二人で初めて過ごした年明けは、あのオレンジの洞爺湖。
何もかもが特別で、何もかもが初めてで。
一緒にいたかったの。
私も、貴方の隣で永遠に眠ることが出来たら、と。
どんなに歳をとっても。
どれだけの年月を過ごしても。
ずっと一緒にいられると。
そう、想っていたの。
あの八年前の洞爺湖で。
時報が鳴ったその後に、私を抱き締めて湊はそっと囁いた。
これ以上ないほど『いとしい』という想いを込めた掠れた声で。