だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
「きっと、櫻井さんのおかげだと思います」
私も吊り広告を見上げて言った。
目の前の広告が地下鉄に合わせて揺れていた。
「仕事もそれ以外も。今をしっかり見つめることを、教えてくれたんだと想います」
揺れる広告にはスノー・ドロップが描かれていた。
少しだけ白い液体を詰めた涙型の瓶。
元旦に販売されて以来注文が殺到しており、バレンタインの予約でメーカーは目を回しているという。
「おかげで、自分のことが少しわかった気がします。ほんの少しですけど」
雨の色と涙の色はよく似ている。
『白磁色』
(ハクジイロ)。
そんな色の香水は、とても印象深く、それでいて切ない香りをしていた。
「いい仕事をするようになった。それに、いい顔をするようになった」
そう言って圭都は、膝の上に乗せている鞄を立てて死角が出来るように持ち替えた。
そして、その影に私の手を引き込んでしまった。
私も同じように仕事用の大きな鞄を膝の上に立て、出来るだけ死角になるようにした。
こんな風に些細な秘密を積み重ねていく。
そんなところまで湊とそっくりなこの人を。
こんなにも尊敬し、こんなにも大切にしている。
ほんの少し間、仕事を忘れて私たちは手を繋ぎ合っていた。