だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
「なぁ」
ドアのすぐ近くに圭都が立っていた。
食器を洗う音ばかりが気になって、廊下を歩く音に全く気が付かなかった。
「ごめん、遅かった?」
なんでもないように声を出して、なんでもないように笑って見せた。
その顔を見た圭都は眉間に皺を寄せて私を見つめていた。
「俺に何か言うことは?」
「え?」
とぼけたふりをして誤魔化しておきたかった。
目線を逸らしてマグカップを拭いたタオルを干す。
近付く気配の方を向かずに、事務的に。
「俺に、何か言うことがあるだろう?」
強く腕を掴まれてそのまま圭都の方へ身体を向けられた。
けれど、顔を上げることが出来ずに掴まれた腕を振り払った。
その行為がどれだけ圭都を傷付けるのかを、一番知っているはずなのに。
今は、掴まれるその腕が辛くてたまらなかった。
触れてはいけないような気がして、苦しかった。
下を向いたまま、どうやってこの場所から逃げようかと、そればかりを考えていた。
「こっち向け」
冷たく響く圭都の声。
この声にいつも甘えてばかりだな、と想う。
こんな時に、どうしてこんなことしか浮かばないのかと。
自分の頭の中を恨めしく想っていた。