【完結】ラブレター
5 キキの活躍

5−1

 俊達が後片付けを終えて、打ち上げに参加しようと門に向かって歩いていると、神田鈴子が、あのオレンジの水着を着ていた女と一緒にいるのが見えた。海辺で見た時と同じように複数の男達が二人を取り囲んでいる。男の一人が、馴れ馴れしく鈴子の肩に触ろうとした。途端に猿が、キーッと威嚇する声を上げた。男はびっくりして触るのをやめ、苦笑しながら何事か言っている。

「洋一、ちょっと待っててくれ!」

 言って俊は、神田鈴子の方へ大股で近づいた。

「神田さん、神田鈴子さんでしょ。打ち上げに参加するなら、一緒に行かない? 準ミスの相沢さんも一緒だし」

 俊は洋一と京子の方に手を振ってみせた。

「えーっと、そうね、相沢さんも一緒なら、行こうかな! じゃあ、姉さん、今日は見に来てくれてありがとう! それじゃあ、失礼します」

 神田鈴子は、周りにいる男達に挨拶をすると俊と一緒に歩き出した。

「俺、経済学部の高杉俊。相沢さんのサポート。獣医学部の仲間は?」

「みんな、荷物を研究室に置きに行ってるの。打ち上げ会場で合流するつもり」

「……なんか困ってるようだったけど」

「うん……、ちょっとね」

 鈴子は言い淀んだ。

「あの人、お姉さん?」

「……スナックやってて、お客さん連れて来てたの。私にはキキがいるから大丈夫なんだけど……」

 鈴子は猿を撫でながら言った。

「姉のお客だから、あまり邪険にできないし……。ありがとう、声かけてくれて助かったわ」

 俊は洋一と相沢京子を神田鈴子に紹介した。四人は連れ立って打ち上げの会場に向かった。打ち上げの慰労会は、学園祭実行委員会がいつも利用している飲み屋の二階和室を借り切って行われた。実行委員長の挨拶、学園祭の無事の終了を祝して皆で乾杯する。その後は無礼講となった。宴もたけなわとなった時、京子の元カレ、篠崎雅広が立ち上がりわざわざ上座まで出向き挨拶を始めた。

「今回、我が文学部の誇る美女、加藤紀子さんがミスキャンパスに選ばれなくて実に残念でした。しかし、来年、再度リベンジしたいと思います。必ずや文学部にミスキャンパスのティアラを持ち帰りたいと思います。また、ここで、準ミスになった相沢京子さんから我が輩がいただいた貴重な手紙を紹介したいと思います」

 京子が真っ青になった。京子の元カレは、京子が送ったラブレターを皆の前で読もうとしていたのだ。京子がミスキャンパスになったら公表すると言っていたラブレターを単に京子をいたぶる為に使おうとしていた。

「いや、やめて!」

 京子は叫んだ。洋一と俊は立ち上がって篠崎をやめさせようとしたが、周りは面白がって二人を押しとどめる。もみ合いになった。その間も篠崎は、手紙を読み始めていた。

「えーっ、篠崎雅広様……、初めまして、相沢京子と申します。えーっ、いきなりお手紙を……」

 幸い酔っているのか、なかなか前に進まない。

 その時だった。

 猿が篠崎めがけて飛びかかった。そして、あっという間に手紙を奪うや、トン、くるりとトンボを切って神田鈴子の元へ手紙を届けた。

 全員がシーンとなった。

 次にどっと笑いが起こった。手紙を取られた篠崎の間の抜けた顔。猿のかわいい仕草。拍手喝采が起こった。だが、篠崎は一遍に酔いが醒めたらしく、今度は真っ赤になって怒り始めた。

「何をする! 返せ! それは俺のだ!」

 神田鈴子が、立ち上がってあのキンキン声で怒鳴った。

「何、趣味の悪い事してんのよ。乙女の純情、踏みにじる奴は許せないね。これは、もちろん、差出人に返すさ」

 神田鈴子は手紙を京子に渡した。

「あ、ありがとう!」

 京子は受け取るとその場で手紙を引き裂いた。それから、篠崎につかつかと歩み寄ると思いっきり頬を殴った。

「あんたみたいな男に、ラブレター書いた私が馬鹿だったわ。サイテー! とっとと出て行ってよ。あんたの顔なんかみたくないんだから」

「そうよ、不愉快だわ。人から貰った手紙をみんなの前で読むなんて、非常識よ。出てってよね!」

 なんと、加藤紀子までが、京子を守る側にまわっている。いや、居合わせた女性全員が立ち上がって、篠崎を糾弾した。

「あんたね、ラブレターを書いて渡すのにどんだけ勇気がいると思ってんのよ! 気に入らなきゃ、捨てるなり破くなりしたらいいでしょう。ラブレターを嫌がらせのネタに使うなんて、人じゃない!」

 女性達は口々に糾弾した。実行委員長は、場を取りなそうと立ち上がる。

「まあまあ、女性陣、ここは慰労の席だ。収めて収めて」

 女性陣から罰ゲームの声が上がる。

「罰ゲーム! 罰ゲーム! 罰ゲーム!」

 手拍子まで入り始めた。男達も口々に言う。

「罰ゲーム! 罰ゲーム! 罰ゲーム!」

「わかった、わかった。篠崎君、貰った手紙を皆の前で読むのは趣味が悪いよ。君の人格を貶めるだけだよ。それより、敵に塩を送るくらいの度量がなければいけないね。さ、機嫌を直して!」

 実行委員長は篠崎にジョッキを渡すとビールをなみなみとついだ。

「女性陣から罰ゲームの声があがりました。このビールを飲み干すのが罰ゲームです。さあ、一気に行ってみよう!」

 まわりから一気、一気と声がかかる。篠崎は仕方なく飲み干した。さらに、ジョッキにビールがつがれる。二杯目を飲み干すと篠崎は酔いつぶれた。こうして、酔い潰された篠崎は部屋の隅に転がされ、誰からも相手にされなくなった。
 女性陣達は、京子の周りに集まっていた。

「あんな奴、もう二、三発殴っていいのに」

「酔っぱらって寝てる間に、もっと殴っちゃう?」

と恐ろしい事を言う者まで出て来た。実行委員長がまあまあと女性陣をなだめる。

「君たち。あまり過激な事は勧めないね。相沢君、ここは僕に免じて収めてくれるかい」

「ええ、こちらこそ個人的な事で、座をシラケさせて……」

「まあ、酒の席だから。そうだ、女性陣にデザート、ご馳走しちゃおうかな」

 こうして、酒の席の締めにぜんざいが出る事になった。酒の席にぜんざい。辛党の男性陣は、不満の声を漏らしたが、女性陣から「文句ある!」と言われ皆黙った。京子は神田鈴子に、もう一度礼を言った。

「ありがとう、その猿、いい子ね」

「もちろんさ、私が躾けたんだよ。キキって名前なんだ。撫でてみるかい」

 鈴子は京子に猿を差し出した。京子が、そっと猿を撫でようとすると、猿は京子の手をちょこっと握って、すぐに主人の肩に登った。猿の可愛らしい仕草に、京子はやっとにっこりとした。俊と洋一は京子の笑顔を見てほっとした。
 宴が終わり、二次会に行く者、帰る者、三々五々と散って行く中で、篠崎雅広だけは誰からも相手にされず、翌朝、路地裏のゴミ置き場で目を覚ましたのだった。

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