冬空どろっぷす
その言葉しか出てこない。
歌を聞かれた。
感情に浸っているところを見られた。
恥ずかしい。
頭の中がぐしゃぐしゃになり、目の前の生徒を睨むことしかできない。
「俺、隣の学校なん。最近転校してきたんけど、なんか…あんま友達もできんし。」
隣の学校、というのは隣の私立の進学校のことだろう。
私立の中でもそこそこのお金持ちしか入れないと聞いたことがある。
「今日その二人がデートするとか言うて学校こんくて、つまらんかったん。」
したら、歌が聞こえてな。と笑いかけられ、もうどうしていいかわからない。
なんなのだ、この男は。
一体、どうすればいいのだ。
「…だからって、他校の校舎に…」
「ええやん。ばれへんしな。」
本当に、人懐っこい笑顔をする奴。
警戒心やら毒気やらが抜けていってしまいそうだ。
「な、名前は?」
「…あんたこそ。」
そりゃそうだ、と笑い、彼は私に手を差し出した。
「俺は、遼。新里、遼(にいさと りょう)。」
「…楠木、美桜。」
流石に手を差し出すのは躊躇われて、そっぽを向く。
視界の端で、彼が笑う。
本当に。
どうしろというのだ。
「よろしくな、美桜。」
という言葉に、私はそっぽを向いたまま答えなかった。
コンクリートの屋上に置かれたipodからは、まだ歌が流れている。