冬空どろっぷす

朝のSHR。
窓の外を眺めていると、担任の言葉がするすると耳から抜けていく。

―つん。

背中を小さく突かれ、思わずびくりと肩を跳ね上げる。
首だけ振り返ると、

「…美桜。聞いてたか?」

琴葉が怪訝そうにそう問うてきた。
そうしてやっと、担任の言葉が意味のあるものになっていく。

「…今の今まで聞いてなかった。」

やっぱりな、と苦笑した琴葉は、黒板を指さす。
黒板には、白いチョークで『修学旅行について』と書かれていた。

「そういえば、もうそんな時期か。」

「こーゆーのはちゃんと聞いとかないとダメだろう?」

と、こそこそと話していると担任の目がきっとこちらを睨む。
すっと目線を合わせると慌てたように視線を避けられる。

「…いつも思うんだけど、私そんな目つききついかな。」

私は、機嫌がいいときにも「怒ってる?」と聞かれるくらいに、表情に出にくい。
特に照れてるときなどは無表情になってしまうようで。

「少し一緒にいれば分かることだと思うがな…」

琴葉も少し困ったようにそう笑うので、まぁ実際に目つきはよくないのだろう。
それにしても、修学旅行か。

「これであの二人は”決まる”かな。」

ぼそりとした呟きは、琴葉の耳に届いただろうか。

「では、放課後のSHRで班分けを決めます。」

ある程度決めておいてくださいね、という言葉を残して担任が教室を出ていくと、一気に教室が騒がしくなる。
ざわざわとした喧騒の中、ぽつんと自席に座り、外を眺める。
席の後ろでは琴葉と忍君がはしゃぎあい、黒板近くで理紗と空が笑いあう。

私の居場所は、ないのだ。

ふと思い立ち、席を立つ。
『あの場所』なら、きっと静かだろう。
今日はもう授業を受ける気がしない。

自分の鞄を掴む。

「あれ、美桜ちゃん…?」

理紗の呼びかけるような声が聞こえた気がしたけれど、何も聞こえないふりをして。
廊下から抜ける、冷たい冬の風に髪を舞い上げながら。
喧騒漂う教室を一人、抜け出した。
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