足音
目を覚ますと、お坊さんは何もなかったかのように俺を見守ってくれていた。

目が覚めた俺にも優しく話しかけた。
「とても苦しかったな。もう彼女は消えたよ」

お坊さんはポツリ、ポツリと話し始めた。

「あの女性には足が見えたか?」

「足音が聞こえました。」

「そう。足音はあった。だが、あの霊には足がなかった。あの女性は君の足を欲していた。おそらく生前足を痛めたのだろう。そして足を治すことに執着していた。彼女が何かしているのを見なかったかね?」

「何かって言っても確か家で祭壇に向かって葦を…」

「そうか。やはり。足だ」

この坊さんはつまらないギャグを言っているのかと思った。

「葦ってのは、関東でアシ、関西でヨシと呼ぶのは知っているか?」

俺は無言でクビを横に振った。

「この地区には昔余所者の排斥があってな、おそらく彼女は関西出身なのだろう、葦、つまりヨシ、良しという言葉から、痛めた足が治るよう祈っていた、だが」

ここでお坊さんは悲しそうな顔をした。

「村人は、疎ましい余所者の足に、葦ー悪し、と祈った。名前やものの善や悪はその土地の根付き方によって決まる。関西では良しでも、関東では悪しだったんだな。」

俺にはピンとこなかったんだが、なんとなくわかった気がした。

「治らないうちに彼女の祈りは憎しみに代わり、憎しみは矛先を誰かに向ける。誰かの足を奪い、かわりに足を創り上げ、辻褄を合わせようとでもしたのかねえ。」

それで、俺の足が都合よく狙われた、と。
俺はしばらく考え、訪ねた
「彼女、どうなったんですか?」

すると、お坊さんは立ち上がり、袴のようなものを捲り上げた。

「義足?」

走っていなかったから気づかなかったが、お坊さんは左足がなかった。

「俺も左足がないからね、なんとか説得できたよ。説得だけではなかったけどね」

俺は腕時計を見た。翌十時だった。

「そろそろ帰るかい?一応もう大丈夫だろうけど。」

俺はお礼を言ってその場を去った。
帰りはお坊さんに言われた通りにいくと、見知った道に出た。もうここまでくると、神社には戻れないだろう。

急激な安心感で、俺は筋肉痛に生を実感しながら歩きだした。

ザッザッ

俺は気のせいと信じ後ろを見た。

ザッザッ

足音はもう一度聞こえた。

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