恋愛しない結婚



ほのかに残っていた酔いが次第に醒めて、はっきりする視界の向こう側には整った顔の男性。

私を見ながら余裕を感じる笑みを浮かべて再びあの言葉を口にした。

「俺と結婚しないか?」

さっき聞いた甘く低い声は、この人が言ったんだと気づく。

私一人を捉える瞳は温かくて、まるで私たちが長い付き合いの恋人のようだと錯覚させる。

口元が優しげに上がり、くすりと笑った表情に引き込まれそうになる。

私の体中が大きく震えて、呼吸が浅く速くなり、いい大人のオンナだとは思えないほど顔が熱くなったけれど、彼の瞳の魅力に完全に引き込まれないうちにと、どうにか冷静な気持ちを取り戻す。

とはいっても。

「あなた誰……」

それだけしか言えない私。

さっき心に浮かんだ『あんな声で囁かれたら、一発でプロポーズを受けるんだろう』なんて思いは即座に吹っ飛んだ。

目の前の男性は、手元のグラスを遠くにずらすと、体ごと私に向き直り、迷いのない瞳で口を開いた。

「俺、プロポーズしたんだけど?」

「は?何ふざけたことを言ってるの?顔はいいけど、頭おかしいんじゃない?」

甘い声を落されて、私は焦り、あわあわと裏返った声でそう言った。


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