嘘つきより愛を込めて~side Tachibana~
第六章 夢の世界
「は…、え…?お前の?」
声が少しだけ震えて、背筋が冷えていくのを感じる。
吸っていた煙草は、力をなくした俺の手からアスファルトの上へと落ちていった。
エリカと一緒にいる二歳ぐらいの子供は、怯えた表情で俺を見上げてくる。
俺のことを気にしつつも、エリカは守るように女の子を腕の中に抱き上げていた。
「…そう。この子、私の子供なの。可愛いでしょ?」
その子が愛しくて仕方ないと言わんばかりに、エリカは目尻を下げている。
…こんなふうに笑うエリカを、俺は知らない。
一気に真っ黒な絶望が押し寄せてくる。
結婚している上に子供までいるのなら、…振り向かせるどころかもう手も届かない。
(でも待てよ、…結婚…?)
いくらエリカの情報を調べないようにしていたと言っても、結婚となればさすがに会社を通じて俺の耳に入ってくるはずだろう。
「…結婚…してないよな?」
「してないけど…それが何?」
それまで堂々としていたエリカの様子が、急におかしくなった。
焦ったように目を逸したきり、顔をあげようとしない。
(なんだ…この違和感は…)
そもそも、俺と別れた時、エリカはすでに妊娠していたんじゃないのか。
目の前にいる女の子の見た目の年齢から考えれば、それが間違いではないことが分かる。
忘れられるわけがない。
…俺は二年前、エリカに何をした?