ドーナツが好きってだけだけど(仮)
その瞬間、まるで音が消えたようだった。
そして…
「……………中っ…沢さん」
呆気にとられたような顔で内田くんが
こっちを見ている。
内田くんの言葉と共に、音が一気に戻って
きた。
噴水がさらさらと流れる音……
子どもの甲高い声……
鳩が飛び立つ羽音……
その全てが一度に耳へと入ってくる。
そこでやっと現状を理解した。
私が両手を中途半端に挙げて、バンザイ
のような姿勢をとっていることに。
まぬけな顔を今この瞬間も内田くんにさら
していることに…
「………内田くん。こんにちは」
もう遅い。だが、早急に顔を取り繕って
こう言うしかなかった。
「あっ、こんにちは……あの、僕そこの
手芸教室に行く途中で」
内田くんは戸惑いながら、公園を抜けた
反対側を指す。
公園を通るのが近道だからと付け加えた。
あぁ、最悪だ……
最悪過ぎる。
やってしまったという気持ちと、
見られたのが親しくない内田くんでまだ
マシだという気持ちが交錯した。
でもそのまま立ち去るわけにもいかない。
智香は素早い動作で指からドーナツを外す
と、
さっき指にはめなかった穴が開いていない
ドーナツを市川屋で貰った紙に包んで差し
出した。