溶ける温度 - Rebirth -
アヴァンシィのマスターである真(しん)さんは、私の元就職先の上司であった男である。
私はつい2年前、とある出版社に勤めていた。そこで編集部に所属していた私の直属の上司がこの真さんだったのだ。
私は派遣社員だったのでその出版社には一年しかいなかったけれど、派遣社員の私にも嫌な顔せずに仕事のノウハウを教えてくれた。
コツコツ努力型の私を評価してくれたこともあって、打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。結果、業務外ではため口をきけるほどに仲良くなっていった。
そして私が契約が切れると同時か少し早いぐらいに「やりたいことがあるから」という理由であっさりと真さんも仕事をやめた。
こうして始めた新しい仕事がこのアヴァンシィ。
おそらく、あの出版社で真さんがお店のマスターになっていることを知っているのは私だけ。社員の誰もが彼のこの将来を想像していないだろう。