放課後~君とどこへ行こう~(短編集)
3、intelmezzo―幕間―
『intelmezzo―幕間―』

 舞台裏でふと彼と目が合った。そのまましばらくお互いを睨むように見つめ合う。先に口を開いたのはあたしだ。
「何、緊張してるの?」
 からかうように言うと、彼は一瞬眉根を寄せ、それから「平気ですよ」と少し固いながらも不敵に笑みを返してきた。
 初舞台なのになかなかやる。あたしは内心で小さく感心した。そんなこと言ったらきっと調子に乗るから絶対言わないけど。
「……先輩こそ大丈夫なんすか?」
 訊かれて私は首を傾げた。
「何が? 体調?」
「いや、そうじゃなくて……そのー緊張しないのかなって。先輩の役、長台詞多いし。あ、よければ緊張しないおまじないでも教えてあげましょうか?」
 男の口からおまじないという言葉が出てきたことに思わず吹き出しそうになる。けど笑わないように寸出で堪えた。きっと彼なりに気を遣ってくれたのだろうから、笑うのは失礼というものだ。
「何バカなこと言ってんの。こちとらそんなヤワな練習してないっつーの。もう今日は何もかもバッチリよ」
「……ですよね、先輩ならきっとそう言うと思ってました」
 ……おいおい何だよ、そのお見通し発言は。
 本当はそうつっこんでやりたかったけれど、何故かそのときあたしは妙にくすぐったい気持ちになって、何も言えなかった。

「いってらっしゃい」
 幕間が終わり再び舞台に出ていく彼にあたしは声を掛けた。
 振り返った彼は一瞬要領を得ない顔をしたが、すぐに「いってきます」と手を挙げて笑い返してきた。その顔からは一切の緊張が払拭されているように見える。が、
「ほんとは緊張してんのバレバレだっつーの。このバカ」
 舞台に立つ彼は先程の柔らかい笑顔からは想像もつかないほど真剣そのもので、あたしは自分の胸が徐々に高鳴っていくのを感じていた。
「……あれ、緊張移ったかな」
 自分の出番が来るまであと少し。あたしは原因不明の脈を必死で下げなければならなかった。
< 3 / 6 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop