黄昏時に恋をして
新天地
「ここかぁ……」
自宅から車で約ニ時間かけて、やって来たのは美浦トレーニングセンター。競走馬の育成、調教のための施設だ。施設内にある、騎手の独身寮へと向かう。寮の管理人らしき方をみつけ、挨拶をした。
「私、上尾多香子ともうします。本日、こちらの栄養士募集の面接で食堂に……」
「ああ、そこを真っ直ぐ行ったら食堂だから、どうぞ」
「ありがとうございます」
さっそく、寮内の食堂に向かう。様子を伺うと、若い女性とおばさんたちがおしゃべりをしていた。
「あっ! もしかして上尾さん?」
私から声をかける前に、若い女性が私に気付いて声をかけてくれた。
「おいでおいで。今、お茶してるから!」
テーブルにはコーヒーと美味しそうなクッキーがあり、おやつタイムという感じだった。
「上尾さん、コーヒー? 紅茶?」
「このクッキーは紅茶のほうが合うよ」
面接に来たはずなのに。戸惑う私の横からおばさんが言った。
「じゃあ紅茶でいいね」
「はぁ……」
面接は、いつ始まるのか。もしかして、すでに始まっているのかもしれない。
「おばちゃんの横においで」
椅子をひいてくれたので、軽く会釈して座ってみた。
「あら? もうとけこんでいるの?」
紅茶を持ってきてくれた女性が言った。紙コップに入れられた紅茶。まるで食堂の休憩中におじゃましている感じしかしない。私は、面接に来たはずなのに。
「これはカボチャ、こっちはニンジンのクッキーだよ。食べてみてよ」
「いただきます」
面接に来たはずなのに、紙コップに入れた紅茶を出され、クッキーの試食までしている私。なんだかおかしな気持ちではある。
「おいしい」
「良かった! お毒味係ありがとう。あとで潤ちゃんに持って行ってあげよう」
お毒味係? それも栄養士の仕事なのか。その前に、まだ面接もしていないのに。
「なにが潤ちゃんだ。潤ちゃんてトシじゃないだろう」
おばさんのひとりが茶化して言った。
「アンタら何年付き合ってんの? そろそろ結婚しなよ」
また別のおばさんがつっこむ。
「私は結婚したいけれど、潤ちゃんがダービー勝つまで結婚できないって」
「そう言って逃げているんじゃないの?」
「川口さん意地悪なんだから」
はっはっは! と楽しそうに笑っている隣で、取り残された私。おやつタイムを見に、二時間もかけて来たのか、私は。
「真奈美ちゃん、この子忘れてるよ」
やっと私の存在に気付いたおばさんが、軽く肩に触れながら言った。
「あ~! ごめんね、上尾さん」
これからやっと面接が始まるのか。紙コップに入れられた紅茶に、お毒味クッキー。日常のおやつタイムを見せられた私は、すっかり緊張がほぐれていた。
自宅から車で約ニ時間かけて、やって来たのは美浦トレーニングセンター。競走馬の育成、調教のための施設だ。施設内にある、騎手の独身寮へと向かう。寮の管理人らしき方をみつけ、挨拶をした。
「私、上尾多香子ともうします。本日、こちらの栄養士募集の面接で食堂に……」
「ああ、そこを真っ直ぐ行ったら食堂だから、どうぞ」
「ありがとうございます」
さっそく、寮内の食堂に向かう。様子を伺うと、若い女性とおばさんたちがおしゃべりをしていた。
「あっ! もしかして上尾さん?」
私から声をかける前に、若い女性が私に気付いて声をかけてくれた。
「おいでおいで。今、お茶してるから!」
テーブルにはコーヒーと美味しそうなクッキーがあり、おやつタイムという感じだった。
「上尾さん、コーヒー? 紅茶?」
「このクッキーは紅茶のほうが合うよ」
面接に来たはずなのに。戸惑う私の横からおばさんが言った。
「じゃあ紅茶でいいね」
「はぁ……」
面接は、いつ始まるのか。もしかして、すでに始まっているのかもしれない。
「おばちゃんの横においで」
椅子をひいてくれたので、軽く会釈して座ってみた。
「あら? もうとけこんでいるの?」
紅茶を持ってきてくれた女性が言った。紙コップに入れられた紅茶。まるで食堂の休憩中におじゃましている感じしかしない。私は、面接に来たはずなのに。
「これはカボチャ、こっちはニンジンのクッキーだよ。食べてみてよ」
「いただきます」
面接に来たはずなのに、紙コップに入れた紅茶を出され、クッキーの試食までしている私。なんだかおかしな気持ちではある。
「おいしい」
「良かった! お毒味係ありがとう。あとで潤ちゃんに持って行ってあげよう」
お毒味係? それも栄養士の仕事なのか。その前に、まだ面接もしていないのに。
「なにが潤ちゃんだ。潤ちゃんてトシじゃないだろう」
おばさんのひとりが茶化して言った。
「アンタら何年付き合ってんの? そろそろ結婚しなよ」
また別のおばさんがつっこむ。
「私は結婚したいけれど、潤ちゃんがダービー勝つまで結婚できないって」
「そう言って逃げているんじゃないの?」
「川口さん意地悪なんだから」
はっはっは! と楽しそうに笑っている隣で、取り残された私。おやつタイムを見に、二時間もかけて来たのか、私は。
「真奈美ちゃん、この子忘れてるよ」
やっと私の存在に気付いたおばさんが、軽く肩に触れながら言った。
「あ~! ごめんね、上尾さん」
これからやっと面接が始まるのか。紙コップに入れられた紅茶に、お毒味クッキー。日常のおやつタイムを見せられた私は、すっかり緊張がほぐれていた。
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