黄昏時に恋をして
「あの日、すぐに上尾さんを引き留めれば良かったな、と後悔しています」
 戸田さんが意外な言葉を口にした。
「自分がすぐに、返事をしたら。傷つけずに済んだのに」
 やっぱり戸田さんらしい。あの日、すぐにごめんなさいを言えば、私が戸田さんを避けることもなく、今まで通りの日々を過ごせたのに。そんな風に思ってくれているだけで、私は充分嬉しく思った。
「ありがとうございます。戸田さん、やっぱり優しい人ですね。私なんかにもそんな気遣い」
「いいえ。違います」
 私の言葉を遮るように言うと、足を止めた。私も足を止めると、危険と知りながら戸田さんに視線を向けてしまった。いつもとは違う眼差しに、動けなくなった。
「自分も同じ気持ちだった、と、すぐに返事をすれば良かった」
「え?」
「つまりは、その……。自分も、上尾さんが好きだった、と言えば良かった」
「いやいや、そんな」
 信じられるわけがない。戸田さんが私を好きだなんて。オーバーなくらい、手を大きく横に振ると、戸田さんを置き去りにして歩き始めた。
「待ってください、上尾さん」
「嫌です」
「どうして?」
 戸田さんの顔も見ないで、ズンズン進む。自分ではズンズン進んでいるつもりが、アルコールとヒールのせいで、うまく前に進めない。
「どうして話を聞いてくれないんですか」
「信じられないから」
「嘘つきな遊び人だと思っているんですか」
 何も、戸田さんを嘘つきな遊び人だとは思っていない。でも、高嶺の花だと思っていた戸田さんが、私を好きだなんて。そんな虫の良い話があるのだろうか?
「いいえ」
「じゃあ、どうしてこの気持ちを受け入れてくれないんですか?」
 そんなこと、言われたら。さすがに足を止めて戸田さんと向き合った。
「自分は、上尾さんが……好きで。一緒にいてもらいたいだけで。だから、彼女になってもらいたくて」
 戸田さんはそこまで言うと、「あ、違うな」と呟いた。
「彼女になってもらいたい、じゃなくて。上尾さんの彼氏にしてもらいたいだけなんです」
 そのひと言に、思わず笑った。戸田さんが、私の彼氏にしてもらいたいだなんて。信じられないけれど、笑いながら泣いた。
「私なんかに、戸田さんはもったいない」
「そんなこと言わないで。付き合ってもらえませんか?」
 信じられないけれど、夢みたいだけれど、断る理由なんてない。
「私なんかで良ければ……」

 
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