黄昏時に恋をして
「どこかに出かけますか?」
 散らかった顔を整えながら、戸田さんに聞いた。返事がない。もしかしたら、私の部屋におしかけて。そのつもりだったのかもしれない。男性は女性とは違うから、仕方がない。
「戸田さん?」
 振り向いて声をかけると、ウトウトと眠っている。ああ、戸田さんはそんな気がないんだな、と思わず笑ってしまった。男は狼かと思ったら、そうではない人もいる。今まで私が付き合ってきた男性がそうだっただけで。腕組みをしたまま、スースーと寝息をたてる戸田さん。私は、ぼんやりと彼を眺めていた。なんだか、癒やされる。隣に並んで座ってみる。この人の隣にずっといられたら、どんなに幸せだろうかと思った。

 しばらくして、戸田さんが目を覚ました。私が隣に座っていることに驚くと、目を見開いた。
「あ、ご、ごめんなさい。うたた寝……」
「どこかに出かけますか?」
「あ、いや……」
 頬を赤く染めると、そっと私の手を握った。
「少し、このままでもいいですか?」
「はい」
 壁掛け時計の音と、胸の鼓動。静かに戸田さんの手の温もりを感じると、他に何もいらないと思った。

 戸田さんは手を握ってくれただけで、特に何もしなかった。会話がなくても、幸せがそこにあった。
「今日は、すみません。急に来て」
 何かを思い出したように、急に戸田さんが立ち上がった。
「大晦日に、熊谷さんが新居に遊びに来てほしいと行っていました。上尾さんを誘って」
「あ、はい」
「奥様がお昼ご飯を作るので、それくらいの時間に合わせて迎えに来ます」
「わかりました」
「では、おじゃましました。さようなら」
 戸田さんは、逃げるようにして帰っていった。ささやかな幸せをお土産に。


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