黄昏時に恋をして
暗雲
 騎乗機会に恵まれていた大夢くんは、毎年、有馬記念に騎乗していた。でも、五着までに入ることはあっても、優勝は難しかった。付き合い始めて四回目の十二月。ふたりは二十九歳になっていた。
「今年も有馬記念の騎乗依頼がきたよ」
 昨年、コンビを組んで鼻差の二着だった、ブラックアウトという馬が今年も出るので、騎乗依頼がきたという。
「ブラックアウトはお手馬だから、クセもわかるし、馬も自分をわかってくれているみたいだし」
 期待が高まる。正直、結婚なんてどうでもよくなっていた。馬と大夢くんがケガもなく、無事に戻ってきてくれたらそれで良かった。結婚しなくても、ずっと一緒にいてくれたらそれで私は幸せだった。ブラックアウトは最高の仕上がりで、まわりの評価も高かった。大夢くんも体調は万全で後は本番を待つのみだった。
 
 木曜日の夜。いつものように仕事を終えて、アパートに帰ると、白い息を吐きながら大夢くんが私の部屋の前で待っていた。
「お疲れ様」
「お疲れ様。もしかして、ずっとここで待っていてくれたの?」
「明日から調整ルームに入るし、その前に会いたくて……」
「寒かったでしょ? 部屋に入って」
 そう言うと、大夢くんが私にぎゅっと抱きついた。
「……あったかい……」
 自分から求めてこない人なのに。びっくりしたけれど、天にも昇るくらい嬉しかった。大レースを目前に控え、かなりのプレッシャーがかかっているのかもしれない。
「多香子さん、レース観に来てね」
「もちろん」
「今年こそ絶対に勝って、多香子さんを迎えに行くからね」
 そう言うと、優しくくちづけをしてくれた。
「愛してる」
 無口で照れ屋な大夢くんが、今まで口にしなかったことを言ってくれた。勝敗なんてどうでも良かった。そう言ってくれただけで、私は充分すぎるほど幸せだった。冬の夜空にはこぼれ落ちそうなほど星が瞬いていた。お願いします。大夢くんに勝ち星が降り注ぎますように……。


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