黄昏時に恋をして
有馬記念当日、前日から降っていた雨が影響して、重馬場とのこと。ブラックアウトはスタミナがあるから、重馬場でも大丈夫って大夢くんは言っていたけれど。
「おはよう」
 今日は、熊谷夫妻と一緒に観戦する。熊谷さんが調教中に落馬負傷して、二週間ほど馬に乗れないため、競馬にも出られないのだ。有馬記念に騎乗予定だったけれど、キャンセルせざるを得なくなった熊谷さんは、時々、悔しさを口にした。
「今日はオレの分もヒロが頑張ってくれると思うけれど……」
 私もそう思っているけれど。調整ルームに入る前夜の大夢くんがいつもと違っていたのが気がかりだった。
 今日は有馬記念を含め、八鞍の騎乗予定がある。大夢くんは、関東の人気ジョッキーに成長していた。有馬記念は十レース目。それまでに七鞍騎乗した結果、二勝し、残りも入着(五着以内)と、本日絶好調な大夢くん。
「パドック、見に行こうか」
 レース前、ブラックアウトの様子を見にパドックへ向かった。担当厩務員さんに曳かれ落ち着き払ってパドックを周回していた。
「毛づやも良いし、期待できそうだな」
 熊谷さんのひと言に、安心した。その後、騎手たちが各馬に跨った。ブラックアウトに跨った大夢くんは、いつになく堅い表情をしていた。
 馬場は午後になり、稍重まで回復していた。それでも、中山競馬場の二千五百メートルは、スタミナがないと勝ちきれない。ブラックアウトのスタミナと、大夢くんの手綱さばきにすべてがかかっていた。



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