黄昏時に恋をして
 病室のドアの前。大きく息を吸いこんで、ゆっくりと吐きながらドアをノックした。ドアを開け、そっと中に入ると、大夢くんは、相変わらず目を閉じてベッドに横たわっていた。
「大夢くん、そのままでいいから、私の話を聞いて」
 また息を吸いこんで、ゆっくりと吐いてから、話を始めた。
「大夢くんが別れたいと言っても、私は別れたくないの」
 大夢くんが重い瞼をゆっくりと開けると、天井をみつめた。
「私は、騎手だから大夢くんを好きになったんじゃない。好きになった時には、大夢くんはすでに騎手だった」
「うん」
「だから、大夢くんが騎手じゃなくても、私は、大夢くんが好き。有馬記念も結婚も、どうだっていい。ただ、そばにいたいだけ」
「うん」
 大夢くんの大きな目に、涙が浮かんでいた。
「温大さんから聞いた。目のこと」
「そっか」
「我慢しないで泣いて? 志半ばで騎手生命を断たれて、死ぬほど悔しい思い、しているんでしょう? 私の前だけは、弱い大夢くんを見せていいよ」
 大夢くんが、私のほうに顔を向けた。涙が頬を伝った。
「そのかわり、もう別れるとか言わないで」
「ごめん。二度と言わない……」
 大夢くんはそれだけ言うと、手で顔を覆い、声をあげて泣いた。
 私は、一晩中、大夢くんを思って泣いた。身代わりになることも、痛みや苦しみを取り除いてあげることもできない。泣くことしかできない。そんな自分がもどかしくて仕方がないけれど、こんな私でよければ、隣にいさせてね。どんなに辛く哀しいことがあっても、ふたりなら乗り越えていけるから。


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