黄昏時に恋をして
恋する日々
 黄昏時にひと目惚れをしてから、三ヶ月が経った。食堂の仕事にも慣れてきて、騎手の方々の顔も少しずつ覚え始めた。黄昏時の彼の情報は、食堂のおばさんから仕入れた。
 戸田大夢(ひろむ)騎手、二十五歳。痩せの大食いで、ご飯はいつも大盛り(かわいいからついサービスしちゃうそう)騎手としてもセンスがあり、若手の中でも注目されているらしい。どちらかと言えば無口でおとなしい感じ。彼女はいないらしい←ここ、ポイント。
 初めて食堂で見かけた時に、ついおばさんにアレコレ聞いて怪しまれたけれど。厩舎でたまたま逢ったんです、なんて誤魔化した。ある程度の情報は入ってきたけれど、あれから話す機会はなかった。
「おたかさん、お茶にしようか?」
 すっかり馴染んだ私は、みんなから『おたかさん』と呼ばれていた。横綱食品時代、ストレートの黒髪だったけれど、今は、常に頭をおだんごに結っている。だから『おたかさん』なんて呼ばれるようになったのだ。そう呼ばれるのは、嫌いじゃないけれど。
 一日でイチバンのお楽しみは、真奈美さんとのお茶タイム。仕事中は調整ルームと寮の食堂を行ったり来たりで、一緒になることはないから。呼ばれて行ってみると、真奈美さんの彼氏である熊谷潤騎手と、戸田さんの姿が。
「あっ」
 思わず声が出て、慌てて口をふさいだ。話によると、熊谷さんと戸田さんは同じ所属厩舎で、仲が良いらしい。
「おたかさんとヒロは同じ年なんだってね?」
 騎手にしては背が高く、ワイルドな印象の熊谷さんが言った。戸田さんとは二十センチも身長差がある。
「年下だと思っていました」
「おたかさんは普通。ヒロが童顔すぎる」
「髪、伸ばしてもダメですか?」
「あんまり変わんないね」
 戸田さんは、自身が童顔であることを気にして、髪を伸ばしているようだ。
「いっそ丸坊主とか」
「えっ!」
 何か話をしたいと思って、そう言っただけなのに。戸田さんの大きな目がさらに大きく開いた。
「爽やかでいいんじゃないですか?」
 長めの髪は、なんとなく戸田さんには似合わないような気がしていた。でも、ひと目惚れしてしまったのだから、不思議だ。
「そう、ですか」
 色白の頬を赤らめると、髪で顔を隠すようにしてコーヒーを飲んだ。こんなに素敵な人なのに、自分に自信がないようだ。いつも控えめで、無口。熊谷さんみたいに話し上手なら、モテそうなのに。私にとっては、戸田さんがモテない方が都合が良いけれど。

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