黄昏時に恋をして
 待ちに待った、戸田さんとのお出かけの日。場所は、家から電車で十五分くらいの街だ。ラーメン一杯のために、戸田さんは車で約二時間の道のりをやってくる。夢は、まだ続いていた。でも、これは夢ではなくどうやら現実のようだ。まだ信じられないけれど。
「こんにちは。お待たせしてすみません」
 戸田さんがやってきた。私服はカジュアルでかわいい。高校生に間違えられてもおかしくない。
「待っていないです」
 嬉しさのあまり三十分前に来てたけれど。
「さっそく行きましょうか」
 そのラーメン屋さんは、以前、熊谷さんに連れて来てもらったらしい。でも、遠いからそれっきりだったとか。
「家から近いなら来たことありますか?」
 そこは、よりによって、元カレの行きつけのラーメン屋だった。
「はい。あ、でも、最近ぜんぜん来てなかったから久しぶり……」
 しどろもどろになりながら、話す。元カレが好きだった塩ラーメンは絶対食べないと心に誓いながら。
 元々、無口でおとなしい戸田さん。なんとか間を持たせようと、緊張しながらも私がいろいろと質問をする。会話と言うよりはインタビューみたいだけれど。目だけじゃなく、話し方も優しい、穏やかな人。隣にいてくれるだけで癒やされる。
私が求めていたのはこんな人。今までは、危険な香りがする男性ばかりと縁があったけれど。この笑顔の隣にずっと居られたらどんなに幸せだろうか。
「ごちそうさまでした」
「美味しかった。上尾さん、先に出てて」
「あの、お会計は……」
「わざわざ休みを合わせてくれたんだから、ラーメンくらいおごらせて下さい」
 そう。今日は休みをいただいた。戸田さんに片想いをしていること、食堂のスタッフさんたちに知られていて、逆に良かった。食堂の休みは、競馬開催日の土日。でも、騎手は月曜日が休み。さすがに騎手は、お出かけのために休みをとれない。
「すみません。ごちそうさまです」
 会計は戸田さんに任せて、店を出た。
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