苦恋症候群
さっきの“あの人”。見えたのは一瞬だったけど、手にかばんを持ってた。
ということはきっと、この建物を後にしようとしていたはず。
つまりあのまま向かうとしたら、出入口がある1階の可能性が高いということで──。
「っあ、いた……っ」
ちょうど1階にたどり着く直前の階段の途中、自販機の前にいる人物を確認して、思わず声が漏れた。
その場所から、身を乗り出すようにして声をかける。
ええっとええっと、なんだったっけあの人の名前……。
ええっと、たしか……っ!
「っみ、三木くん……!」
ちょっとだけ頼りなく響いた私の声に反応して、眼下の人物が動きを止めた。
硬貨を自販機に入れようとしていた手を下ろし、身体ごとこちらを振り返る。
「なんですか?」
私に対して投げかけられた彼のそれは、低いけれどよく通る、不思議な声だった。
金融機関職員らしい、短く切り揃えられた黒髪に、意志の強そうな大きくて猫みたいなつり目。
ベーシックなグレーのスーツに、若々しいけれど嫌味じゃない、さわやかなストライプのネクタイ。
私は石造りの手すりに置いた両手を、ぎゅっと握りしめた。
「えっと、三木くん、でいいんだよね……? 来週から、審査部に来る……」
「そうですけど。どうかしました? 森下さん」
思いがけなく自分の名前を知られていたことに、一瞬たじろぐ。
けれど私はこくりと唾を飲み込み、意を決してまた口を開いた。
ということはきっと、この建物を後にしようとしていたはず。
つまりあのまま向かうとしたら、出入口がある1階の可能性が高いということで──。
「っあ、いた……っ」
ちょうど1階にたどり着く直前の階段の途中、自販機の前にいる人物を確認して、思わず声が漏れた。
その場所から、身を乗り出すようにして声をかける。
ええっとええっと、なんだったっけあの人の名前……。
ええっと、たしか……っ!
「っみ、三木くん……!」
ちょっとだけ頼りなく響いた私の声に反応して、眼下の人物が動きを止めた。
硬貨を自販機に入れようとしていた手を下ろし、身体ごとこちらを振り返る。
「なんですか?」
私に対して投げかけられた彼のそれは、低いけれどよく通る、不思議な声だった。
金融機関職員らしい、短く切り揃えられた黒髪に、意志の強そうな大きくて猫みたいなつり目。
ベーシックなグレーのスーツに、若々しいけれど嫌味じゃない、さわやかなストライプのネクタイ。
私は石造りの手すりに置いた両手を、ぎゅっと握りしめた。
「えっと、三木くん、でいいんだよね……? 来週から、審査部に来る……」
「そうですけど。どうかしました? 森下さん」
思いがけなく自分の名前を知られていたことに、一瞬たじろぐ。
けれど私はこくりと唾を飲み込み、意を決してまた口を開いた。