苦恋症候群
正式な異動の辞令が出たのは、それから1週間後の4月1日のこと。

当然、本格的に異動先での業務を開始する4月8日より前に、審査部へ引き継ぎに行く時間を作ることになる。

その予定日として俺が審査部の部長から提示されたのが、3日の木曜日。

俺はその日で大丈夫ですと回答して、当日を待った。



「じゃあ、とりあえずはこんな感じで。来週からよろしく、三木くん」

「はい。よろしくお願いします」



審査部の柳井部長はとても穏やかな人で、少しぽっちゃり気味の笑みを絶やさない恵比寿のような男性だ。

俺は柳井部長と、それから審査部内全体に向けてそれぞれ礼をし、オフィスを出た。


審査部は今回俺が異動してきたからといって、入れ替わりで誰かが抜けるわけでもない。

ただ、半年後に嘱託の雇用期間が終わる男性職員がいるため、その補充要員として俺はここに配属されたらしい。

審査部があるのは、5階。そしてちょうど2階分階段をおりきったところで、左手の人差し指に黒インクがついてしまっていることに気がついた。


……手、洗ってから支店に帰るか。

そう思った俺は、方向転換して3階の男子トイレへと向かう。

この後すぐ、本部勤務職員ふたりのあんな現場を、目撃してしまうとも知らずに。
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