苦恋症候群
「見た、よね。……さっきの」


「あの、えっと、さっきのは……」



視線の先、1階に下りたつ階段の途中にいる事務部の森下さんが、うろたえた様子で目を泳がせる。

先ほどたまたま見てしまった、総務の真柴課長と、森下さんのキスシーン。

それだけならまだしも、問題は、真柴課長が既婚者だということで。

だからこの人も、口止めするために、わざわざ俺を追いかけて来たんだろうけど……。



「別にそんな取繕おうとしなくても、誰にも言いませんけど」

「……え」



──どうでもいい。

それが、ふたりのキスシーンを見た俺の感想だった。

かたや、上司からも部下からも信頼の厚い総務部課長。かたや、男性職員から密かに人気がある中堅女子職員。

それでも俺にとっては、特別興味をひかれる理由にはならない。


……だけど。
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