苦恋症候群
そのときの自分は、無意識に、笑っていたのかもしれない。



「虚しいなって。そう思っただけです」

「……ッ」

「それじゃあ俺、支店の方に戻るので。……お疲れさまです」



そう言って背を向けたから、もう、彼女がどんな表情をしているのか見ることはできなかった。

よろしくね、と言われていた同期がこんな目にあって、深田さんは俺を責めるかもしれないけど……きっと森下さんが、このことを彼女に話すことはないだろうと思い直す。

おそらくあの人は、頑なに秘密を守るタイプの人だろうと思うから。だからたぶん、俺にキスシーンを見られたとき、とっさに真柴課長の顔を隠そうとしたのだろう。

自分よりまず先に、課長の身を守ろうとした。その点では好感をもてるけど、やはりそれ以上は、興味が沸く相手ではない。



「森下さとり、か……」



先ほどまで対峙していた女性の名前を、小さくつぶやく。

きっともう、関わることはないだろうけど。

そう頭の片隅で思いながら、駐車場に直通する通用口のドアを、押し開けた。
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