苦恋症候群
◆ ◆ ◆
「っくしゅん!」
耳に届いた控えめなくしゃみに、俺はドアノブを掴んだまま何気なく顔を上げた。
見ると、同じ階にある総務部のオフィスから出てきた森下さんが片手で口もとを抑えているところ。
オフィスの中から、ひょっこり成瀬主任が顔を出す。
「あらら、さとちゃん風邪?」
「やー……実は昨日雨に濡れまして。ひき始めかも」
「ああ、昨日の雨すごかったもんね。本格的に風邪っぴきならないように、お大事にー」
「はぁい」
返事をした森下さんがこちらに気づく前に、俺はドアを押し開けて審査部内に身体をすべり込ませた。
後ろ手にドアを閉め、そっとため息を吐く。
昨日、彼女が雨に濡れたのは……ほとんど、自分のせいみたいなものだ。
もしかしたらタクシーで帰ろうとしていたかもしれないその細い腕をひいて、外に連れ出した。
どうしてそんなことをしたのか、なんて。もし誰かに訊かれたって、自分でもよくわからない。