苦恋症候群
『私はそんなこと、ないと思う。誰にだって平等に、しあわせになる権利は、あると思うよ』



宮信会の次の日の朝、そう言って小さく微笑んだ、森下さんの顔が思い浮かぶ。


誰にでも、しあわせになる権利があるだなんて……そんなの、詭弁だ。

だって事実、そんな資格、俺にはない。

しあわせになんて、なれない。……なってはいけない。

だって、俺は──……。


そこまで考えて、ハッとする。自分の思考を振り払うように、細く長い息を吐いた。

……いいや。どうでも、いい。

全部、どうでもいいのだ。だから、ごちゃごちゃ考える必要なんてない。

こうして特定の人物に関して思いを巡らせている時点で、俺にとっては馬鹿げたこと。

どうでも、いい人なんだから……これ以上、関係性について突き詰める必要もない。

あのひとは、ただの同僚で先輩。それ以上でも、それ以下でもないのだ。

そしてこれからもずっと、その事実は変わらない。


なんとか脳内でそう完結させた俺は、また馬鹿馬鹿しい思考に引きずられないよう目の前にある業務に集中し始めた。
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