苦恋症候群
「さっきの稟議書って、『丸屋商店』ですか?」

「あの会社は、もっと経過を見るべきだろ! なのに俺の言葉を無視して、部長に実行を促しやがって……!」



丸屋商店とは、創業40年ほどの小さな水産加工会社だ。

永田支店の顧客で、今回融資実行のための稟議書があがってきた。

そしてその稟議書を見るなり、この男は否決にすべきだとクドクド自分の考えを述べて……それを完全にスルーし実行の方向で部長と話を進めていた俺のことが、相当気にくわなかったらしい。

前の会社でどんな功績を残したかは知らないけど、たかだか入庫して半年の分際で、何をえらそうにしてんだか。融資の最終的な決定権があんたにあるわけでもなしに……。


思わずため息を漏らしそうになるのを堪えながら、表情を作ることもせず口を開く。



「丸屋商店は、俺が永田支店にいた頃もよく世話になりましたが。今回融資を実行するにあたって、特に問題点は見受けられないと思います」

「『問題点は見受けられない』? 3期連続で赤字を出してるじゃないか」

「たけど、ここ最近の利益率は上向き傾向です。あそこは去年社長の息子さんが結婚されて、相手の奥さまがパソコンスキルに秀でた方だったので、数ヶ月前から奥さまを中心にネットでの商品販売を始めています。幸い売り上げは好調みたいで、今の時代に合った販売方法を確立していますし、今後さらに業績を伸ばす可能性を感じますが」
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