苦恋症候群


◆ ◆ ◆


「花火大会?」

《そう。去年せっかく浴衣まで買ったのに、私のせいで行けなかったじゃない? だから、今年こそ行きたいなーって》



まだまだ暑い日が続く、8月後半。

お風呂あがりにテーブルの上のスマホが不在着信を知らせるランプを点滅させていることに気づいて、私はディスプレイを確認した。

見ると、着信履歴の1番上にあった名前は【深田麻智】。

つい5分前の着信だとわかって、すぐにかけ直した。


私はタオルで濡れた髪を拭きながら、ベッドへと腰かける。



「けど、麻智いいの? 文哉さんと行けばいいのに」

『だって、あの浴衣で一緒に行こうと思ってたのはさとりだもの。リベンジリベンジ!』



電話口でなぜか意気込む彼女に、私は思わず苦笑する。

ちょうど1年ほど前、麻智と私の家の中間地点あたりで行われる花火大会にふたりで行く約束をして、せっかくだからと一緒に浴衣を買った。

けど花火大会直前に麻智が風邪をひいてしまって、その年は結局行けずじまい。

だから彼女は、責任を感じてこんな提案をしているのだろうけど……。
< 152 / 355 >

この作品をシェア

pagetop