苦恋症候群
「あ、あの、離し」

「ちょうどいいや。ねえちゃん、相手してよ」



言われたことの意味を理解するより先に、強く手を引かれてうつ伏せで地面に引き倒された。

とっさに声をあげようとしたけど、それより先に背後から口をふさがれ、悲鳴がのどの奥に消える。

ゴツゴツした男の人の手が、頬に食い込んだ。驚きで硬直する私の身体に手を回し、男性は路地のさらに暗がりへと私を引きずっていく。

ストッキングが破れ、手のひらも擦りむいてヒリヒリしているけど、そんなことは気にならない。ただ漠然とした恐怖に、身体が震えた。


ひとつ角を曲がったところで、乱暴に突き飛ばされる。

街灯の明かりもあまり届かない、薄暗く寂しいその場所で男は再び私の口を押さえつけると、身体にまたがってきた。

ようやくそこで、正面から男と対峙する。中年らしき小太りの男はくたびれたワイシャツにスーツと思われるスラックス姿で、呼吸を荒くしながら私のことを見下ろしていた。

薄暗い中でもわかるやけにギラついたその目に、ぞくりと身体がすくむ。



「おとなしく、しとけよ」



熱に浮かされたような声音でそう言った男の口もとは笑っていて、さらに恐怖が倍増する。

私の顔の下半分を押さえつけたままの手は驚くほど力強く、圧倒的な力の差に抵抗もできない。


たとえば、その手に殴られたら。

たとえば、その手に首を締められたら。


そんな恐怖から私は口をふさぐ手を外されても、大声をあげることができなかった。

勝手に溢れ出す涙が目じりを伝って、コンクリートの地面に染みを作っていく。


硬直したまま抵抗しない私を満足そうに見下ろし、男が乱暴にブラウスの胸もとを広げた。

ブチッと音がして、弾かれたボタンがどこかへ飛ぶ。

そしてその手が、下着へとかかった瞬間。
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