苦恋症候群
にぶい音とともに、一瞬風が吹いた。

そしてまばたきをした次の瞬間には、もう私の上から、男はいなくなっていて。

ちょっと遅れてうめき声が聞こえてから、ようやく私は、男が横の壁に寄りかかるようにしてのびていることに気づく。


……え。なんで。

そう思ったと同時に目の前で仁王立ちする人影の存在を認識し、びくりと身体が震える。

逆光で、顔が見えない。だけどその人物は肩で息をしながら、こちらを見下ろしていて。



「森下さん、大丈夫ですかっ!?」



慌てたようなそんな言葉とともに、その人が私の前でしゃがみこんだ。

聞き覚えのある声。呆然と、こちらを覗き込むその顔を見つめた。



「……みき、くん?」

「大丈夫ですか?! 怪我はないですか?!」



今まで聞いたことないような必死の声と形相で、三木くんは私の半身を起こしてくれる。

それとほぼ同時に、のびていたはずの男が突然路地の奥に向かって走り出した。

とっさに三木くんが身体を浮かしかけたけど、その後ろ姿を見て一瞬悔しそうな表情をした後、再び私に顔を戻す。
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