苦恋症候群
「森下さん、脚力には自信あるとか、ふざけないでください! そんなの、男の力に敵うはずないでしょう!!」

「え、三木くん、どうして……」

「俺、森下さんから道路挟んで反対側の歩道歩いてたんです。ずっと後ろの方ですけど」



言いながら彼はハッと何かに気づいたような表情をして、自分のジャケットを脱いだ。

それを私の背中にかけ、開いた胸元を隠すように前をたぐり寄せると。床に座り込んだ私の肩を抱いたまま、続ける。



「そしたら、なんか男女がもみ合ってるのが見えて。嫌な予感がして、来てみたら──」



そこですっと、三木くんが何かを横に置いた。

見るとそれは、私のストールとバッグ。



「……これが落ちてるの見た瞬間、冗談じゃなく、血の気が引きました。それで、この路地を進んだら……」



ぐっと、肩を抱く彼の手に力がこもった。

顔を上げると、彼はとても苦しそうな表情で私のことを見下ろしている。



「すみません、森下さん……俺が、ちゃんと、送っていれば……っ」



──三木くんのせいなんかじゃない。助けてくれて、ありがとう。

そう言いたいのに、声が出ない。

代わりに、今になってから、身体がガタガタと大きく震えだして。

彼の登場で止まっていたはずの涙が、再び溢れ出した。



「ふぇ、う……っこ、こわ、こわかった……っ」

「……うん」

「も、もう私、どうなっちゃうんだろうって……っ」

「うん……」



自分に向けられるその声に。ぎこちなく私の肩に触れる体温に。どっと、安堵が押し寄せる。

私を支える彼の手も小さく震えていることに、今さらながら気がついた。

ぎゅっと、その腕を掴む。
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