苦恋症候群
「三木くん、ありがとう……」
「ッ、」
「ありが、とう……っ」
私のその言葉にも、彼はやはり眉を寄せたまま静かにかぶりを振った。
どうしたって私のお礼は受け入れてもらえないのか、三木くんは乱れた私の髪を手ぐしで梳きながら、固い表情で訊ねる。
「……警察、行きますか?」
その提案には、今度は私が首を横に振る番だ。
……思い出したくない。この話を、誰かにしたくない。
もう、あの男と関わりたくない。
彼の腕を掴む手に力を込めると、三木くんも心情を察してくれたのか、黙って私の頬を撫でた。
「擦り傷、できてる。……こわかったですよね。すみません、俺……」
「み、三木くんは、悪くない……!」
そこでようやくちゃんと、彼と目が合った。
自責に歪んだその瞳が、私をまっすぐ見下ろしている。
そして瞬間、どくんと心臓が大きく鳴って──私は唐突に、理解した。
……ああ、そっか。
そっか、そうだったんだ。
どうして、逸らされた視線に心が軋むのか。
どうして今、こんなにも胸が震えているのか。
その、理由は。
「会社、戻りますか? それとも、誰か呼んで……」
三木くんの言葉をさえぎるようにまた首を振り、白いワイシャツの胸もとを掴んだ。
そのままひたいを寄せると、彼が息を呑む。
「森下さ──」
「……で、いいから……」
「え?」
「嫌いで、いいから……っ避けない、で……っ」
言いながらまた、涙が溢れてきた。それでもその胸板に擦り寄ったまま、ぎゅっと目を閉じて動かない。
すると彼にすがる自分の手に、もっと大きな手が重なった。
「……わかりました」
え、と反射的に顔を上げる。
そんな私を見下ろす彼の表情は、やはり切ないほどに苦しげなものだった。
「ッ、」
「ありが、とう……っ」
私のその言葉にも、彼はやはり眉を寄せたまま静かにかぶりを振った。
どうしたって私のお礼は受け入れてもらえないのか、三木くんは乱れた私の髪を手ぐしで梳きながら、固い表情で訊ねる。
「……警察、行きますか?」
その提案には、今度は私が首を横に振る番だ。
……思い出したくない。この話を、誰かにしたくない。
もう、あの男と関わりたくない。
彼の腕を掴む手に力を込めると、三木くんも心情を察してくれたのか、黙って私の頬を撫でた。
「擦り傷、できてる。……こわかったですよね。すみません、俺……」
「み、三木くんは、悪くない……!」
そこでようやくちゃんと、彼と目が合った。
自責に歪んだその瞳が、私をまっすぐ見下ろしている。
そして瞬間、どくんと心臓が大きく鳴って──私は唐突に、理解した。
……ああ、そっか。
そっか、そうだったんだ。
どうして、逸らされた視線に心が軋むのか。
どうして今、こんなにも胸が震えているのか。
その、理由は。
「会社、戻りますか? それとも、誰か呼んで……」
三木くんの言葉をさえぎるようにまた首を振り、白いワイシャツの胸もとを掴んだ。
そのままひたいを寄せると、彼が息を呑む。
「森下さ──」
「……で、いいから……」
「え?」
「嫌いで、いいから……っ避けない、で……っ」
言いながらまた、涙が溢れてきた。それでもその胸板に擦り寄ったまま、ぎゅっと目を閉じて動かない。
すると彼にすがる自分の手に、もっと大きな手が重なった。
「……わかりました」
え、と反射的に顔を上げる。
そんな私を見下ろす彼の表情は、やはり切ないほどに苦しげなものだった。