苦恋症候群
この部屋に来るのは、もう3度目だ。



「はい三木くん、どうぞ」



台所を借りて淹れたコーヒーの入ったマグカップを、そっと差し出す。

ジャケットを脱いだだけのスーツ姿でベッドに腰かけていた三木くんは、素直にそれを受け取った。



「……すみません。ありがとうございます」

「いーえ」



うなずいて、私もラグに腰をおろす。

マグカップに口をつける彼を盗み見てみると、さっきまでよりだいぶ顔色は良くなったようだ。

自分にも淹れたコーヒーをひとくち飲んで、カップを床に置く。



「……ねぇ、三木くん」



私の呼びかけに、彼が顔を上げる。

一瞬躊躇ってから、言葉を続けた。



「あの……さっきのは……」

「………」

「それに……『ユキヒ』さんって……?」



私の言いたいことはわかっているはずなのに、彼は黙ったまま。

こちらから視線を外して、自分の手の中のマグカップを見つめている。


あの学生の男の子が、雪の中にこぼしていった赤。

それを見た瞬間青ざめて、ひどく取り乱した三木くん。

そして、苦しそうに何度も謝っていた『ユキヒさん』というひと。


あの、普通じゃない反応は……もしかしたら何か、人には簡単に言えないような理由が、あったのかもしれない。

……それを、知りたいって。少しでも力になりたいって思ってしまう私のこの感情は、ただの傲慢だ。

彼に『嫌い』とまで言われている私には、三木くんが抱える何かを変える力なんて、ないのかもしれない。

私が無理に関わろうとしたところで、彼に「おまえには関係ない」と一蹴されたら、それまでだ。


……でも。



「三木くん」



──私は、たまらなく、三木くんがすきだ。

いつの間にか、こんなに大きくなっていた感情を……自分が傷つきたくないだけの言い訳で、今さらなかったことになんてできない。
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