苦恋症候群
物心ついたときから、ウチは父子家庭だった。
俺が3歳のときに離婚したという母親のことは、正直よく覚えていない。
ただ、とても華やかな美人だったということと、気の強い性格だったということは、ぼんやりと記憶に残っている。
父子家庭といっても、幼少期にいつもさみしい思いをしていた、なんてこともなかった。
父親が建築士で、自分で会社を起こし、普段から自宅兼事務所で仕事をしていたからだ。
しかもしょっちゅう父方の祖父母が俺の様子を見に来ていたということもあり、特に“母親”という存在の必要性を感じないまま、俺はそれなりに健全に、すくすくと育っていった。
いつも仕事で忙しくしていたとはいえ、父さんはいつだって、俺のことを1番に考えてくれていた。
授業参観や運動会なんかも、なんとかして時間を作っては、なるべく参加するようにしてくれていたし。
疲れているはずなのに、休みの日はしょっちゅう俺をいろんな場所に連れて行ってくれていた。
そしてそれも、無理をしているという感じでもなく。ひとり息子の俺と出かけられるのがうれしいと、本人はいつもニコニコして、アウトドアも全力で楽しんでいた。
俺は、賢くてやさしい父さんを尊敬していたし、大好きだった。
だから俺が小学6年生の頃、「再婚したい人がいる」と打ち明けられたときも……ふたつ返事で、それを素直に祝福したのだ。