苦恋症候群
「……つかまえた」



右手で私の左手首を壁に押さえつけ、そしてもう片方の手は私の顔の横につけながら、三木くんがつぶやいた。

至近距離で、三木くんの柔軟剤みたいなやさしい香りがする。

私は泣きそうになりながら、それでも、うつむいて顔は上げようとしなかった。



「元陸上部、伊達じゃないですね。……なんで、逃げるんですか」

「み、三木くんが、追いかけてくるから……」

「追いかけたのは、森下さんが逃げたからです」



キッパリと言われ、言葉に詰まる。

いつものように、ここには私たち以外の人影は見当たらない。

屋上にも、ほとんど昨日の雪は残っていなかった。

ただあちこちに、雪解けの後の水たまりができている。



「……森下さん」



私の左手首を掴む三木くんの手の力が、少しだけ強くなった。

その変化に、視線は自分の足もとにやったままびくりと肩をはねさせる。
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