苦恋症候群
……笑え、笑え。

大丈夫、営業スマイルは得意でしょう?



「……私、自惚れてなんか、ないから」

「な、」

「勝手に、近づけた気になんかなってないから。だから三木くんは、私のことは、気にしないで──」



急に視界が暗くなったから、続けようとしていた言葉がフェードアウトしていく。

壁についていたはずの三木くんの左手が、いつの間にか私の頬を包んでいた。

少し遅れて、塞がれているくちびるから熱が伝わる。



「……ッ、」



文字通り目と鼻の先にある三木くんの綺麗な顔が、近すぎてぼやけている。

この状況でゆっくりと離れていく彼の顔を見ながら、『ああ、叩いたほっぺた腫れてなくてよかったな』なんて、場違いなことを思った。


たぶん、私を黙らせる目的だったそのキスは、効果てきめんで。

私は見事に、言葉を失った。
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