苦恋症候群
──あれは、去年の初夏のことだった。
「失礼しまーす」
【総務企画部】と書かれたプレートの横にあるドアをノックし、押し開ける。
1番出入口に近いデスクに座っていた大西さんが、私の姿を認めて笑顔を見せた。
「あれー、森下さんお疲れさま。どうしたの?」
「お疲れさまです、大西さん。山岸部長に頼まれて、真柴課長宛に書類持ってきたんですけど」
「あらま、真柴課長かー」
大西さんは2年前に定年を迎えたけれど、今は嘱託としてここで働いている。
ずっと本部にいた人だから、なんでも知ってる頼れるおねーさま。部署は違うけれど、1ヶ月半前に営業店から異動してきたばかりの私を気にかけて、よく廊下や休憩室なんかで声をかけてくれる。
「課長、外出されたんですか?」
大西さんの反応と、真柴課長の机がやたら綺麗に片付いていたことから推測して、私はそう訊ねた。
それがね、と大西さんは小さく首を振る。