苦恋症候群
手にしているおぼんで仰ぐようにしながら、ハナさんがちょっと悪そうな顔をする。



「こーなりゃアレかしら。今度審査部に異動してくるっていうイケメンくんを誘惑すべき?」

「え、ハナさん社内恋愛イヤだって言ってませんでした?」

「まあ、それはそうなんだけど、物件によってはアリよね。それにとっとと結婚決めて、あたしが会社辞めればいい話だもん」

「あはは……」



つい苦笑が漏れるけど、イタズラっぽい笑みを浮かべる彼女のお茶目でサバけた性格は、私の大好きなものだ。 

そんな彼女だから憧れるし、同性としてとても惹かれる。


会話が一区切りついたところで、私は先ほどから気になっていたことを口にした。



「ところでハナさん、そのおぼんは?」

「あ」



しっかり手にしていたくせに、まるで今気づきましたという表情で彼女はおぼんを両手で掲げる。

それから私に視線を向けると、にっこり綺麗に微笑んだ。

いやぁな予感を覚えたと同時に、ハイ、とそのおぼんを胸元に押しつけられる。



「3階の、B会議室」

「へ……はい?」

「さっきちょうど、会議終わったみたいだから。コーヒーカップ片しといて~」

「ちょ、ちょっとハナさん……!」



さっすが、名前の通り我が宮園信用金庫総務部の花、成瀬 華那子(かなこ)氏は去り際も鮮やか。

とっさに私が受け取ってしまったおぼんをあっさり手放し、彼女はひらひらと右手を振りながら華麗に去って行った。



「……はあ」



残された私は、自分の手元にある赤茶色のおぼんに一度視線を落としてため息。

こうなったら仕方がないと諦め、階段を目指すべく再び廊下を歩き始めた。
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