苦恋症候群
「あー……悪い森下、驚かせて」

「い、いえ」



無理やり課長と目を合わせながら、なんとか言葉を返す。

すると課長は、一瞬だけ何か逡巡した後。

何気ない様子で、また口を開いた。



「森下、今日仕事の後空いてるか?」

「え?」

「久しぶりにおごってやる、酒」



いいもん貰ったし、といちごみるくキャンディを振ってみせながら、真柴課長は笑う。

私は少しだけ戸惑いながら、その顔を見上げた。



「え、あの、空いてますけど……でも、いいんですか?」



その質問には、いろんな意味が含まれている。

もちろん、おごってやる、という言葉に対しての遠慮もあるけれど。

だって……彼は妻帯者で。

家には、彼を待つ奥さんがいるはずで。

たぶんきっと、この感じは、課長と私ふたりきりで飲みに行くってことで……。


困惑気味の私に対し、それでも課長はいつもの朗らかな、だけど少しだけ意地悪そうな、魅力的な笑顔を見せた。
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