苦恋症候群
「なんだ森下、俺が久々におごるっつってんのに、こんなオッサンとはもう飲めないってか?」

「いやいやいや、そんなこと思うわけないじゃないですか……!」



にやりと笑いながら不本意なことを言われて、思わず本音が漏れた。

すぐに『しまった』と思うけれど、時すでに遅し。

決まりだな、と課長がつぶやいて、大きな手が私の左肩をポンと叩く。



「どーせおまえも毎日残業してんだろ? 6時半に、マルエビルの【白波】な」

「ぅあ、はい」

「俺多少遅れるかもしれないけど。ちゃんと待ってろよ」



いつだったか他の上司に連れて行ってもらったことのあるバーの名前を告げて、課長は去って行った。

“待ってろよ”。その言葉にどうしようもなく高鳴ってしまった胸を、右手でぎゅっと押さえつける。



「……勘違いするな、勘違いするな……」



──あの人は、自分のものにはならない。

私のことなんか、ただの手のかかる部下としか思っていないし……このお誘いに、特別な意味なんてない。


誰にも聞こえない大きさで、自分に言い聞かせるように繰り返す。

私は顔を上げると、階段に向かって歩き出した。
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