苦恋症候群
おかしいな、と感じたのは、この店に入ってから1時間ほどが経過した頃だった。



「課長、大丈夫ですか?」

「……ん、ん? なにが?」



聞き返しながらこちらに視線を向ける課長の目はしっかりしているようだけど、やっぱり何かがおかしい。

お酒好きの真柴課長は、周りの人とおしゃべりをしながら、一杯に時間をかけてお酒を楽しむ人だった。

だけど今日の課長は、さっきから度数の強いお酒ばかり、しかもハイペースで飲みすすめている。

こんな、自分を痛めつけるみたいな飲み方……私が知っている課長は、しないはずだ。


私はもう1度、まっすぐに彼の目を見て訊ねた。



「課長……なにか、あったんですか?」



その質問に、一瞬、彼の瞳が揺らいだような気がする。

課長が手にしていたグラスが、静かにテーブルの上へと置かれた。



「なに、言ってんだ。別に、なんでも──」

「うそ、絶対、なにかありました。そんな笑顔でごまかせると思ったら、大間違いですよ」

「……森下」

「一緒に仕事してた期間は短かったけど、私結構、課長にお世話になったんですからね! お世話になった人が元気ないのくらい、わかります!」



あれ、なんか、自分結構わけわかんないこと口走ってるような……。

まあ、うん、いいや。酔った頭の片隅でそう自己完結して、コンッと勢いよく、ソルティードッグが入ったグラスをテーブルに置く。



「だから……さあどうぞ!! 課長のお話、お聞かせください!!」



はっきりきっぱり、元気よくそう言い切った私に、真柴課長は一瞬呆気にとられた表情。

けれどすぐにぷっと吹き出して、目元を自分の右手で覆ってしまった。
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