苦恋症候群
思わず呆然と、ドアを見つめてしまう。



「さとり? どうした?」

「っあ、なんでも、ないです」



不思議そうに声をかけてきた真柴課長に向かって首を振り、小さく笑ってみせた。

少し遅れ、私の左耳のピアスに触れていた彼が数センチだけ開いたドアの存在に気づく。



「げ。ドア開いてたのか」

「大丈夫です。私気づいて見てましたから」

「……そうか」



私の言葉に安心したように、彼の眉が下がる。

そんな真柴課長にまたにこりと微笑んで、片付け途中のカップ類に視線を向けた。



「あの、課長すみません。私ちょっと、用事を思い出したので……ここは、また後で片付けに来ますから。お先に失礼します」

「ああ、ご苦労さま」



すっかり上司の顔に戻った彼に一礼し、足早に会議室を出た。

今は誰もいない廊下を歩きながら、こめかみに片手をやって深くため息を吐く。


……探さなきゃ。あれは間違いなく、見られてしまった。

以前真柴課長からもらったパールのピアスに、願掛けのように一度触れる。

私は少し迷ってから、階段を下り始めた。
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