苦恋症候群
「や……ッ」



流されるな、流されるな!

ここで流されたら、ほんと、さすがに情けなさすぎるぞ私……!

このまま素直にいただかれちゃったら、また、苦い思い出が増えることになるんだから!

しばらく恋愛事はお休みして、それで、その後はまっとうで平凡な普通の恋愛するの!


こんなの、普通じゃないんだからー!!



「ッは、はなせばかー!」

「うわ」



渾身の力を振り絞って腕を振ってみたら、予想外に拘束が解けた。

自分の顔の横を通り過ぎた私の手を間一髪で避け、三木くんが声を漏らす。

自由になった左手で、全開になったブラウスの前部分をかき寄せる。そしてもう片方の手は、むんずと彼の頬をつねった。

ぐっと、至近距離でその端整な顔を睨み上げる。



「ちょ、ちょっとキスがうまいからって……っ調子乗ってんじゃないわよタコーーー!!」



タコー……タコー……タコー……。

私の幼稚すぎる悪口がエコーがかって思えるくらい、痛すぎる沈黙がふたりを包んだ。


……罵倒するにしても、もっと言葉は選ぶべきだな、私。

自分のボキャブラリーのなさに落ち込みかけていると、それまで私に頬をつねられたまま硬直していた三木くんが、突然ぷっと吹き出した。



「ふっ、あはははは! た、タコって……! 今どきそんなん言う人初めて聞いた!」

「……もうそこんとこには触れないでくれる? 私だって今猛烈に後悔してるんだから」

「くくくっ、た、タコ……っ」



私が手を離したことで、三木くんは思いきりおなかを抱えて笑いを堪えている。

……初めて見たよ、こんな三木くん。いっつもクールぶってるくせに、こんなふうにも笑えるんだ。
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