桜唄


「あれ?野々宮一人か」

「…伊崎くん?」


ドアのところには、あの陸上部短距離の伊崎千尋が立っていた。

もう帰るみたいで、マフラーを巻き肩にスクールバッグをかけている。


「どうしたの?」

「あー…いや、別にたいした用はないんだけど。楓花もう帰った?」

「え?あ、さっき職員室行ったけど」

「そか。サンキュ」


伊崎くんの口から「楓花」という単語がでるとは思わなかった。

二人は別れた後、そこまで親しくしている気配はなかったから。


「楓花…どうかしたの?」


気になって、聞いていいのかどうか分からないけど、好奇心に負けておそるおそる聞いてみた。


「いや…だから、たいした用じゃないんだけど…さ」

少し困ったような笑みを浮かべて教室の中に入ってきた伊崎くん。

そのまま私の向かいの席に座った。


「楓花、明後日誕生日だろ」


…あ。

プレゼント、用意してたのかな。

渡そうと思ったのかな。


今日は金曜日だから、楓花の誕生日は日曜になってしまうから当日直接祝うのはほぼ不可能。

だから今日なのかなと思った。


「俺…自分の誕生日にはプレゼントもらったのに、去年の今頃別れて誕生日なにもしてやれなかったから」

今年はちゃんとあげようと思って、と言って照れくさそうに笑った。


伊崎くんはそういうところ、まじめな人だった。

去年同じクラスだったけど、人に優しくされたら絶対自分も優しくするっていうか、恩を忘れない人っていうか。

それに人のことちゃんと考えてて、理解してて。

普段はおちゃらけてるけど本当はすごく相手のために動ける人だった。




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