まだあなたが好きみたい
匡は首を横に振ってこれを否定した。
俺は、相手を励ますためだけの、根拠や裏づけのない無責任な言葉はかけない主義だ。
「先輩が、前におまえのこと評価してた」
「えっ。ど、どんなふうに?」
夏原は目を輝かせてこれに食いついた。
不慣れな反応で、内心かなりしどろもどろになりながらも匡は懸命に記憶をたどり、
「脚が速くて、なおかつ小回りが利くところ。……そういうのがたぶんハードルで培われた成果なんだろうな」
腹筋、背筋、腿と尻。ハードルとはあらゆる筋肉を酷使する競技だ。それは想像に難くない。
俺はあいにく体育の授業でしか経験がなく、まして授業ごときにいい子して、決して安くない俺の体力を使うのはご免こうむるという体たらくゆえに一貫して遊びの延長のようなことしかしたことがないものだから、
ハードルというものが実はどれほど基礎作りが重要な競技であるかは知りようもない。
が、夏原の隆々とした太ももを見ればその努力は一目瞭然だった。
夏原はまじめな男だから、中学時代、こつこつと身につけた強靭な筋肉はしなやかに今の活動に生かされている。
「先輩が、そ、そんなことを?」
夏原は目をまん丸にして頬に手を当てた。体育館の照明を受けて、彼の耳が赤くなっているのがわかる。