まだあなたが好きみたい
「なんでもない。びっくりしたか?」
「そ、りゃあ……」
はは、と夏原は力なく笑う。
ぎこちなさがつらい、と思った。
けれど、問い詰めるより笑ってくれる心づかいに救われる。
「なんでもないなら、いいけど」
夏原のロッカーは匡のほぼ後ろだ。
背中で衣擦れの音を聞きながら支度を整える。
だが、やがて沈黙に耐えかねて、匡は言った。
「さっき、ちょっと、白井とぶつかっちまった」
「そーなの? ああ、だからさっき俺を無視して帰ったんだ」
夏原の口調はいい意味で素っ気ない。
変に気を使われすぎることもなく、詮索もしない。
だからつい匡もおしゃべりになって、
「俺は、チームに不向きだって、はっきし言われちったよ」
「不向き? そうかな」
「お前はどう思う? ずっと個人技主体の陸上部だったんだろ?」
夏原は屈み、靴下を履き替えながら思案顔になった。
「どうかな。これはいい意味で言うんだけど、中学時代、俺の部には窪川みたく、義務じゃなくても先頭に立つことに迷いがない、みたいな秀でてガッツのあるやつなんていなかったんだ。
個人個人が自己ベストを更新して、それをまとめて部の評価にしよう、がんばろうって、いつもそうやって足並みを揃えてやってきた。
ずば抜けてるやつも、そうなろうって倍努力してるやつもいなかった。だから俺たちは結局3年間県大会出場どまりの標準評価を抜け出せなかったわけだけど。
だから高校に来て、念願のバスケ部に入ったときは、自分が今まで見たこともないやつらがふつうに隣にいて、それがすごい新鮮で、鮮烈だった」
「白井とか、畠とか、2年の不二先輩とか、か?」
「窪川もな」
にっと夏原は笑った。