まだあなたが好きみたい
「いい、いい、そんな。だいたいそれほどお腹が空いてるってわけでもないし。それにあと百円出したら和風パスタが注文できるじゃない。おごってもらうのにそんなの贅沢すぎる」
「菜々ちゃん、それ、日本語おかしくない?」
有正が急に真顔で言った。
「どこが?」
「贅沢できるときに贅沢しないでどうするのってこと。せっかくぼくがおごってあげるって言ってるのにそんなけち臭いこと言うなんて失礼だよ。相手の面子もちょっとは気にしてあげたほうがいいと思う」
有正は不満げに唇を尖らせた。
まったく、と菜々子は失笑する。
「あら、それは失礼。だって、有正の辞書に面子なんて俗っぽい言葉があると思わなかったの。あなたはいつだって実は誰よりも男前なことをわたしは知っているもの」
すると有正はわかりやすく鼻を膨らませて、
「えへへ」
と笑った。
思わず噴出しそうになった。
ものすごくご機嫌だ。わかりやすいにもほどがある。
だがそれが有正の美点でもあった。
彼自身は普段まったくそういう振る舞いをしないし、だから気にも留めていないのだろうと思われがちだが、実のところ、他の男子同様男らしさを褒められるとめっぽう弱い。
なら、日頃からそう思われるように励めばいいのにと思うのだが、そういうこととはちがうらしい。
だいいち疲れるし、そんなのぼくじゃない、というのが一貫した有正の主張だ。
彼はあくまで彼のありのままを受け止めて、その上で男前と認められるのが幸せだと語る。
だからってそんなの、わたしとあんたのパパくらいしかできないでしょうよ……。